ある日の夕刻。
このサイトを作っているウェブ制作者のN女史とジョージズバーにご一緒する機会が遭った。

ジョージズバーへと続く階段をあがり、カウンターに落ち着く。熱いおしぼりを冷ましながら手渡ししてくれるジョージさん。
さて、なにを頼もうか… という瞬間がとても楽しい。
初夏の風も薫ろうかという頃だったのでミントジュレップもいい。ダージリンクーラーを酸味を効かせて貰うのもいい。さて、今日の一杯目は…
ふたりしてぼんやりと考えを巡らしてみる。間の抜けた数瞬の時間。
ジョージさんがすかさず、しかし控えめに
「なにか…?」
と声をかけてくれる。こういう時にはお任せで頼んでみるのも一興だ。

「えっと、じゃ、お任せで」
とN女史。しかしお任せと言った割には
「例えばクォーターデッキみないなのが飲みたい気分なので…」
と、ちゃんとリクエストするのも怠りない。
「では… これなんですけど、リレっていうイタリアのベルモットみたいなもんなんですけどね、これを使ってちょっと作ってみましょう」

Lillet と大書してあるクラシカルなラベルのボトルを取りだすと、流れるような手捌きでカクテルが仕上げられていく。基本的にはクォーターデッキに似ているが、ホワイトラム2/3、シェリーの代わりにリレの白を1/3、レモンジュースを少々大目に入れステア。ステアグラスから流れ出る小気味よい音。冷やしておいたカクテルグラスにざっと注ぎ込み、最後にレモンピールして、そのままグラスに沈める。レモンの甘い苦味が立ち上がる。
日焼けしかけの火照った肌の健康的なお嬢さん、といったイメージか。

一度の味見もせずさりげなくサッと作ったにもかかわらず、上品にまとまったこの味わい。半世紀になりなんとするキャリアと日々の研鑽の為せる技なのだろうか。
「お口に合いましたか?」
と後片づけの手を休めることなくジョージさんが聞いてくる。
「ええ、とても! このカクテルはなんという名前なんですか?」
満足げなNさんが尋ねると、
「名前はないんですよ。今初めて作ったオリジナルですから。 …よかったら名前をつけてくださいませんか?」
はにかむようなジョージさんとしばし考えるN女史。恐縮しているのかちょっと時間がかかっている。
「そう… じゃ、『Web master』ってことで」
「ウェブマスターですか。よろしいんじゃないですか」

その日から『Web master』は我々の定番のカクテルになった。
ジョージさんを敬愛する幾つかのバー、例えば同じ吉祥寺の 『BAR WOODY』 や池袋の 『itten Bar』 ではわざわざリレを入荷するようになり、この『Web Master』を飲むこともできる。
もしも今度ジョージズバーに行ったときに、何を頼もうか悩んでしまったとしたら、『Web Master』を頼んでみるといいかも知れない。いや、その時にはジョージさんのことだから、また新しいカクテルを思いついているかも知れないけれど。
第五回 「ウェブマスター」
第四回 「モンキーズランチ」
第三回 「ジルベルトマティーニ」
第二回 「ミントジュレップ」
第一回 「マティーニ」