« 第二回 下北ぽんぽん会 | メイン | 恵比寿で授業と四谷三丁目で日本酒と渋谷でクラブ »
2005年07月12日
(追記:蒲田でセガ)
某方面から「蒲田でセガ」への突込みがあったので続きをば少々。
言うまでもないけどもこのところAMというかゲームセンターで遊ぶゲームが結構元気なのだ。
太鼓の達人なんかをはじめとする音ゲー、ムシキングとか三国志大戦といったカードバトル系、MJやマージャンファイト倶楽部といった通信対戦ボードゲーム、もちろん格闘ジャンルも根強い人気だし。
話は変わるけれども(ちゃんと後で戻ってくるです)「どうぶつの森」はやはりニンテンドウ64版でないとしっくりこないと思うのですよ。
あのカセットのメカニカルな厚みとブラックボックスっぽさがあってこそ、中に仮想の森の世界が内蔵されていそうな気がしてならないわけなのです。
これがゲームキューブの8cmの薄っぺらな円盤、それも書き込みできないことがわかっているキンキラキンの板の表面にはリセットさんだって住めやしないと感じてしまうわけなのですよ。
- もっとも、ゲームキューブ版どうぶつの森では可搬性のあるメモリーカセットをうまく使って「友達の住む森に遊びに行く」という美しい構造を構築しえたのでそれはそれでいいのではありますがぁ
さてさてゲームに限ったことではなくて、例えばCMを作る時などは視聴者がどういった環境で見てくれているかわからないので「ま、この程度かなぁ」という非常にアバウトな想定環境で作るしかなくなるのですよ。
プラズマディスプレイのCMで「この圧倒的な表現力をご覧ください」とかやってしまったとしても、実際に視聴者の目の前でそれを映出しているのはピンのぼけた14インチの10年選手のブラウン管である可能性は決して低くはないのです。
とはいっても放送時間帯が朝のファミリー層狙いである場合には左上に「07:48」とか時刻表記が入ることを想定して情報関連のレイアウトは切ったりもします。でもできてもその程度なのだな。
んで放送番組の話に触れてみると、例えばテロップの文字の大きさなんかは現場では「ま、14インチでもなんとか読めるくらいにしとく?」「いやぁ17インチ程度でいいっしょ?」とかいうかなりアバウトなところで決定されていたりもする。
逆に言えば4:3で観られているのか16:9なのかも分からない、暗い部屋なのか明るい部屋なのか、音の状況、流し見なのかしっかり相対して観ているのか… などなどもろもろが分かるはずもないという前提条件ではさまざまな事に関してあまりこだわるのも意味はさほどないというのも片一方での現状ではあるのですが。
- ここら辺は放送だから仕方がないんですが。Webとかだとブラウザ情報によって切り替えることができるのは当たり前だし差し込まれる情報や広告もユーザーによって変えられるというのはやっとGyaoでメジャーに近い場所で実現したというわけで。となると次の放送はどうなるか、近々の答えは見えてるっちゃぁ見えてるんですがこれがナカナカ…
さてこう考えると映画という媒体は時代が違うとはいいながらとても幸せな媒体であったことがそれとはなくお分かりになるでしょう。
視聴者は必ずや暗い部屋で画面に相対して集中して観てくれることが確約されており、カラーモノクロシネスコドルビー各環境も合っている(はず)、途中で退出することもない(はず)、ましてやハードディスクレコーディングされた上で1.5倍速で見られてしまうことも絶対にないことが分かっているからだ。
- 地上波放送のバラエティ番組でのCMまたぎで同じこと30秒も繰り返すという嫌われる手法も、視聴者の視聴態度がどうなのか推し量ることができないのであるなら致し方ないということです。確かにやりすぎだけどね。特に日テレ。
これが家庭用ビデオ機器で再生される映像コンテンツや携帯機以外の家庭用ゲームとなると若干様子が異なるわけで、その点でいうとゲームセンターで遊ばれるAM機器はハードの特性とぴたりとマッチさせることができる、という意味で非常に面白いというわけなのだ。
さてハウス・オブ・ザ・デッド4の話に戻りますか。
筐体には100インチ(ほんとか?)の画面と持ち重りのするハンドガンコントローラーがセットになっている。コントローラーを上下に振ると薬莢が飛び出て弾がリフィルされ左右に振ればしがみついてきた化け物どもを振り払うことになる。
画面の大きさと筐体本体の位置が理にかなっており、130cmから200cm程度の身長の幅であれば過不足なく画面の隅々に照準を合わせることができるだろう。いや小さい子供だと筋力的に画面の端から端まで癌コントローラーを動かすだけでも重労働かもしれないけども。
…と、当たり前のことを書いては見たのではありますが、これら諸条件全てを家庭用ゲームで再現してもらうのは至難の業だということは言うまでもないわけでして。
バランスがとられているからこそゲーム自体の難易度調整の妙ともあいまって連コイン可能なのめりこみ方も計算されうるというわけなのです。
んでもって逆にCG自体は昨今のPCや家庭用次世代ゲーム機からするとさして驚くほどのクオリティではなくて、要はプレイヤーの目の画角や臨場感のあるサウンドやハンドガンを持つ手の稼動範囲や画面を追いかけるスピード… などといった諸条件がバランスしていれば、CGなんぞは別段あの程度でいいのだ、ということなのだと思うわけなのですよ。
PCゲームに関して言えば… というところまでで今日はおしまいっと。
後はどっかの会合ででも、と。
次の鉄騎はコントローラーだけではなくディスプレイとサウンドシステムも同梱するというのはいかがだろうか? え? それじゃゲーセンキットと一緒だって? そらそうでんがな。
- 結論:
- 誰に書いているのか分からない文章は文体がまとまらなくて書いていてもよく分からないです。
ホントにこんなのが読みたかったの?>某氏
投稿者 KQZ : 2005年07月12日 01:02 | [EDIT]
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.authenticbar.com/kqz/days/admin/mt-tb.cgi/1031