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2005年04月14日

特殊な、体系の埒外の人に見識を求めるのは

あぁーっと、月曜日に書いていたのだがエントリーをあげ忘れてましたわ。
備忘録だからアップしときますが話題がちょいと古いがまぁ勘弁。


休日の夜、ぼーっとテレビを見ていると美輪明宏さんが出ていた。 30分の特集番組の初頭、インタビュアーが挨拶もそこそこに切りだした質問が「ライブドア vs フジテレビについて」だった。どう考えても美輪明宏に企業買収の是非についてやインターネットと放送事業のあり方についてなどの専門性はないだろうに。

しかして美輪明宏さんが返して曰く


と堂々とした切りっぷりでもって、ピントはずれな質問を完璧にフォローしてのけたのだった。

で、思い出したこと。

その昔、新宿厚生年金会館のすぐそばのぼろぼろの雑居ビルの中に「ぎりぎり玉子」という店があった。
そこのママさんは筋金入りのオカマさんで、神戸からやってきて30年以上女装のオカマとして「銀座のクラブでも一線でやってきた」(本人談)のだという。
この着物を着たオカマさんについては、ずいぶんと前の週刊SPA!のパトリックの連載に出てもらったことがあるので読んだことがある人も多いだろう。

※パトリックといっても覚えてない人もいるだろうから↓リンク。



さて、「ぎりぎり玉子」に行くようになったきっかけはというと、実はあまりよく覚えていない。
ごく普通のスナックの体で15人も入れば満杯なのだが客の半分以上は女性であり、男性4,000円女性3,000円で手料理が食べ放題という価格と、深夜までやっている使い勝手の良さから近所のOLさんから新宿二丁目のゲイバー・レズバー関連の店員もたまり場として使っていたりと、素人とプロ(?)の渾然とした雰囲気がなんだか面白かったのだった。
(あ、クロサワ楽器の黒沢君から紹介されたんだった。そうだった。こないだ花まるマーケットの「ミセスユニバース」に出てきてびっくらこいたもんだわさ)

月末近くに売り上げが足りないとこちらの都合も聞かずに電話をかけてきて「今日はパーティーだから。絶対に来んのよ!」とだみ声でまくし立てるので仕方なく行ってみると別に普段と変らぬしょぼい営業で「だまされたー」ということもしばしばだった。
どんな美人であれ、不美人であれ、オカマであれ、ニューハーフであれ、新聞記者であれ、オナベであれ、オコゲであれ、玉子さんのだみ声は等しく厳しく注がれ、それを楽しみに行くむきも多かったように思える。ま、どこのオカマバーでもそうなんだけど。

そんな彼女(?)に面して、当時F桑社でベストセラーを連発しつづけ「天才編集者」「オレって中居くんに似てるよね」と自称しまくっていたKくんが鼻にかけたような事をいうと、それはそれはたいそうな剣幕でがなりたてていたのを覚えている。

ぎりぎり玉子の小汚いソファーに座って社員5人の商社に勤めているOLさんの悲哀を聞きながらオカマさん手作りのポテトサラダとかキンピラをつついているそのすぐ隣では、手術しようかどうしようか迷っているニューハーフさんに玉子さんが親身になって相談の乗っていたりと、なかなか窺い知ることのできない人生模様も垣間見ることができてそれはそれは楽しかったのだが、かたやオカマさんに内股を撫でられながら耳元で「あんたの良さは女なんかには分からないわ(はぁと) アタシが食わせてあげるわ…」と囁かれたりと、身の危険を感じないわけでもなかった。

さてさて、そんなこんなで月に二三度は店に顔を出すようになったある日のこと。
したたかに酔った玉子さんが我々(僕とF桑社のKくん)に啖呵を切ってきたのだった。


なんだかどこかで聞いたような話なのだが、実際に当事者本人に聞いてみれば、確かに昭和の時代の「オカマさん」が一人で世間に対峙していくためにはそれなり以上の覚悟が必須であったことだけはしっかと受け止められたのだった。

しかし、僕らが、世間一般とかけ離れた立ち位置の人になにか意見を求めたくなるのはこういった理由からなのだろうか。
文明と隔絶された南海に古くから住む部族の酋長パパラギの朴訥とした言葉にうたれたりもするし、「気仙沼ちゃん」という単なる田舎っぺの娘さんが人気タレントを張っていた時代もあった。

生まれや育ちが特殊であるだけではなく、自ら政僧や上皇となり一旦世俗からの接続を絶った後に影響力を振るうこともよく見受けられる。
卑近な例で言えば不倫で名をはせた女流作家が尼僧になったとたんに講話と称する世間話にも手を合わせて聞き入る善男善女が後を絶たない、といった具合に。
歴史を紐解けば宦官やヒジュラ(ヒデュラともいう)といった異形の性にも出っくわす。

※↓ヒジュラ関係参考書


次世代に種を残さない定めを自らに科した宦官と聖俗崇斥あわせいだいたヒジュラ。
あまりにも特殊な、体系の埒外に立った者達が人々を惹きつけるというのは確かだ。

切込隊長のエントリー『 「各論全員否定」の社会学 』にある

いま、この社会はかつてないほど多様な価値観とそれを互いに認めることで距離を開くという未曾有なバラバラ感に満ちている。下手をすると向かいのマンションに住んでいる人の顔さえ分からない。

(中略)

その細分化された興味対象にのみ棲息する人間が世間一般から情報面で切り離されて、自分の人生に展望がもてないというのは当たり前のこなのではないかと思う。それでもどうにかその興味対象で人様の注目を浴びることができるよう行動を促して、ある程度の成功体験を持てば人と関わるために必要な自信のようなものがついていくのではないかと思ったわけである。

ここで書かれている「価値観が細分化されている現在の状態」とインドのカースト(表の面)とを比較するのは面白い試みかもしれないがそれは当エントリーの狙うところではない。(前に書いたどうでもいい世界のどうでもいい世襲とかとあわせるとそう読めてしまうのは単なる偶然)
突き詰めて考えると稀人信仰や穢れと祓いやら仮面やらといった話や、童貞大金持ちというのもいわゆる稀人だから信仰するやつも多いのは当たり前だよねー、とかいったややこしい話になりそうなのでこの辺にしておく。

そうそうそう。
数年前、神戸に帰ったという「ぎりぎり玉子」さんから電話が入ったことがあった。
「アラKちゃん、お久しぶり。あのね、ちょっとお願いがあるのよ。アタシがとぉーってもお世話になっている人の選挙にぜひ応援をお願いしたいのよ。浜四津さんって言ってね…(後略)」
まぁ、よくあるこった。
毒々しいまでに俗で、下世話で、押し付けがましいオカマであっても、ある意味突き詰めたものは、それなりの美しさがある、と思った。
違う価値観を認めすぎている自分に失笑を禁じえないのではあるが、もちろん思っただけで一票を投じるわけもなかったのは言うまでもない。




※↓しかし… 美輪明宏にそんなに人生相談したいのかなぁ?

投稿者 KQZ : 2005年04月14日 13:21 | [EDIT]

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