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2005年08月02日

楽しいという感覚はうれしいという感情を微分したもののような気がしてきたその次に

承前

楽しいという感覚がうれしいという感情を微分したものだとしたら、
哀しいという感情を微分したら、いったいなにになるんだろう。

喜怒哀楽を感情の極とするなら、それは怒りなのかもしれないし、
そうではないのかもしれない。

とまれ、僕らはエンタテインメントの世界にいる人間だ。

楽しいという言葉にくくられるものの中には、
時に怒りや哀切に似た感覚が含まれていることくらい
とうの昔から気づいている。

そこには速度ではなく、
もう一つ微分した加速度的なものを考えればいいのかもしれない、
などと思いいたったのだ。

それはf(x)上にいる者にとって考えてみれば、
いち時間切片での減速(怒りや哀切)に振り回されてはいても、
二次微分したさきのトルクをうっすらと信じてさえいれば
そのジェットコースターを楽しむことすら許される、ということなんだろうか。

その先に待っているだろうカタルシスとしての加速と、
最後に待っているだろう明るい未来。


それを数式とグラフで表すとしたら…

あ、mathematica入ってるマシンって青バケツのG3だった。
立ち上げるの面倒だからやーめたっと。

投稿者 KQZ : 2005年08月02日 00:14 | [EDIT]

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